つないで陸高!なじょにがすっぺ
岩手県の陸前高田市へボランティアに行かせていただく機会をいただきました。
陸前高田ボランティアセンターの救護班を担当させていただきました。
ブログを見てくださってくれている方の中に、東北ボランティアに参加したいと思う方もいるかもしれないので、私の二週間の活動内容、そして、恒例の?(笑)持ち物リストを書きたいと思います。
ボランティアセンター
私の居た週末で最大約650人来てくれました。
【活動内容】
看護師として参加したので、ボランティアセンターの救護班を担当しました。内容は、基本的にはボランティアセンターに常駐し、現場で活動しているボランティアさんたちが怪我したり気分が悪くなった場合、現場に急行・対応、または、病院搬送・付き添い等を行いました。私が居た間に多かった怪我は、津波で流されてしまった家の瓦礫撤去時に釘やガラスが足や手に刺さってしまう、草刈等に使う鎌(慣れない仕事)で手を切ってしまう、虫刺されで手がパンパンになってしまう等がありました。ほか、一日の中で気温の寒暖差が大きい時期だったので、それにより風邪気味になったり気分が悪くなったりすることもありました。
実際対応したのは上記の怪我でしたが、現場でボランティアさん自身で対応し、ボランティアさんたちがセンターに戻られた時に、「怪我しちゃったよ」と報告を受けるというのが多かったです。具合や様子で、もう一度消毒したり、病院の診察をお勧めしたりしました。
一日の中で一番のメインイベントは、「ボランティアさんがセンターに帰ってきたときの、手洗いうがいの誘導」です!(笑)
「おかえりなさーい、こちらで手洗いとうがいをお願いします」と声をかけて、イソジンうがいと手指消毒液を渡します。数日、またはもっと長くいるボランティアさんとは顔見知りになれて、「今日はこんなことやったよ。」とか、「今日も怪我しなかったよー」なんて声をかけてくる方も居て、温かい気分になりました。本当にみんな、温かい!!笑顔がいい!逆に元気もらってしまいます・・・。
そして、このボランティア活動を取りまとめる、ボランティアセンターのスタッフさんたちの人柄は本当に温かったです。いつも笑顔で、お互いに声掛け合っていて、すごくいい雰囲気。
そんな中で一番印象に残ったのは、活動ボランティアさんたちが全員帰った後のスタッフミーティングの出来事でした。
一日の出来事を報告して情報の共有や今後の課題等をみんなで考える場なのですが(スタッフさんは、岩手県内の社協や青森等の県外の社協の方、そのほか、個人ボランティアさんで構成されています)その日の最後、「今日お誕生日の人が居ます!おめでとうー!」の声が上がりました。声を掛けたのは陸前高田の現地の方でした。お祝いされるほうの方も陸前高田の方でした。
みんなでお誕生日の歌を歌おうということになり、手拍子しながら歌が始まりました。明るい歌声の中、「お誕生日おめでとう!」と言い出した方を見ると、その方はひっそりと泣いていました。その姿を見て、「お誕生日をお祝いできることはすごいことなんだ。お誕生日を迎えられると言うことは当たり前のことではないんだ」と知りました。
陸前高田市の市民1割の方が、お亡くなり、または、行方不明になっているそうです。陸前高田市の中心部は海が目の前のところでした。その中心部に、今は、本当に何もありません。夜は真っ暗です。光は車のライトだけ。
ショッピングセンターや市役所・郵便局などの建物、商店街、家、電柱、線路、道路さえも津波に持っていかれてしまっています。自分の目で見た時、・・・なんというか・・・言葉が出ませんでした。人の生活がここにあったということが想像できないくらい・・・。ただ涙が出そうになるのを我慢するだけでした。
お誕生日の歌の途中、被災されたスタッフの方の涙を見て、普段は元気に振舞ってくれていたけど、胸の中のつらい気持ちはずっと残っていたんだなと・・・改めて思いました。実際その方の被災状況等は知らないのですが、いつもの元気の笑顔を見ていると、ちょっとづつ前に進んでいるのかなと思ってしまいがちでしたが、その裏にはまだまだ深い闇が残っているんだと知りました。町も人の傷もとても深い。・・・簡単には言えないけど、ひしひしと伝わってきました。
私の宿泊先は現地の方のご好意で貸していただいた公民館。お風呂は無いので、近くの民宿のお風呂を借りていたのですが、そこでも、現地のおばあちゃんたちとご一緒させてもらいました。そこでの話題は「津波」。「せっかく集めた大好きな食器も、ぜんぶ流れちゃったよ。あんなの集めなきゃ良かった。」「あの人の奥さんは亡くなったんだよ。かわいそうだね」そんな辛い話を淡々とされるおばあちゃんたち。ボランティアと分かると、「お世話になります」と深くお辞儀をする。・・・耐えられませんでした。津波の話も、「ありがとう。お世話になります」と言われることも辛くて、なんとなく、ささっとお風呂を済ませたり、話を遠巻きに聞いていたり。なんと言っていいのか、答えていいのか分からなくて、そういう自分もいやで、もんもんとしました。
二週間という短い期間ではあったけど、被災地の方・来られるボランティアさん達、センタースタッフの方から感じることがたくさんありました。
最後に、持ち物リスト!
・・・と言っても、今振り返るとリストにするほどではなかったので(笑)簡単に紹介します。
行く前は、情報が少なかったので、現地に物がしっかり届いているのか(流通しているのか)、現地のものを買っても良いのか等悩みましたが、実際は、コンビニや仮設のスーパーがあり、食料や生活用品は揃っていました。見た感じだけではありますが、買うのも問題なさそうです。だから、自分の生活に必要なものだけ持っていけば(洋服類、寒さ対策とか、必要なら寝袋とか)、あとは現地で調達できます。
たった一つ残った陸前高田の松の木。希望の一本松。
11月中旬、なぜか、ボランティアセンターの屋根から朝顔が!!なんだか、心温まる発見でした。

陸前高田市災害ボランティアセンターのスローガン。
「つないで陸高!なじょにがすっぺ」
なじょにがすっぺというのは、なんとかしていこう!という意味だそうです。


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